母との運命 ~託された命~

母の人生は家族のため、子供のためにあった。

4時間以上もの大手術が終わってまだ数時間しかたっていないその日の夜、病院のICUで母は鼻と口に酸素吸入のためのマスクをつけて懸命に呼吸していた。

まだ麻酔も切れていない状態だったが、とても苦しそうな顔をしていた。
その目にいっぱい涙を溜めていた。

私は今でもその時の母の顔を思い出すと、涙が溢れそうになる。
どうして母がこんなに苦しまなければならなかったのか、と思い出すたびに思う。

この手術の前に検査入院した時、カテーテルの管を内腿から体に入れた時、母はとても痛がった。手術してからずっと入退院を繰り返す度に、その両腕はもう点滴のために針を刺すところがないくらい真っ黒で固くなっていた。
ついには両腕以外のところに針を刺さなければならなくなった。

どうして母はこんなに痛みを味わわなければならないのだろう。
私はずっと思っていた。
自分さえ生まれてこなければ、母もこんな痛い思いをしなくてもすんだのに。

自分さえこの世に生まれてこなければ、母は輸血することも、C型肝炎になることも、肝硬変にも、肝臓癌になることも、手術することもなかったのに、と。

でも、母は亡くなるまで私のことを責めることも、私を産んで後悔したということも、たった一度も言ったことはなかった。

そればかりか、その手術の日の夜、やっと故郷に着いた兄と私と2人が、絶対安静でベッドに寝かされている母を覗くように立っているのを見つけると、母がおれたちに何か話しかけてきた。

「・・・・・・」

声が小さく、なかなか聞きとれない。

耳を寄せてみる。

「・・・・・・」

聞こえない。

もっともっと耳を寄せた。

母がつけている酸素吸入のマスク越しに、やっと母の声がかすかに聞こえてきた。

「た・・・べ・・・た・・・か?・・・」

「食べたか?」と聞いていたのだ。

母は自分が食べられないというのに、子供たちが夕食を食べたかどうかまだ麻酔も切れていない中で気にしていたのだ。

母はよく山鳩の話をした。
山火事が起きてあたり一面が火の海になった時、母親の山鳩は逃げられない子供の鳩をそのお腹の下に入れて守り、自らは焼け死んだという話を。

「鳩の親だってこんなに愛情深いのに、人間で子供を虐待したり殺すような親は動物以下じゃないのかな。動物のほうが偉いね」とよく言っていた。
その時の私は、その言葉の意味をそんなに重く受けとめていなかった。

でも、気づいてみると、私はいままでずっと母に守られて生きてきた気がする。
私を産んだ時の輸血がもとで亡くなったということで、母は私の犠牲になって亡くなったのかもしれないけれど、母が身を捨てて私を何かから守ってくれたような、何かの盾になって死んでいったような、そして、最期に母が自分の命を私に託して逝ったような気がする。

きっと母はどこかで、私はお前の犠牲になったんじゃないよ。そんなこと考えなくていいから、お前はただ自分の幸せのことだけ考えればいいんだよ。

そう笑って、言っている気がする。

(2009.10.17)

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